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大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)3659号 判決 1977年11月30日

原告

野村弘

原告

野村秀男

右原告ら訴訟代理人

丸山英敏

被告

野村昭一

被告

野村武男

被告

野村茂男

被告

野村春子

右被告ら訴訟代理人

高橋靖夫

主文

一、訴外亡野村栄作、同野村ハナ作成名義の昭和四三年五月一五日付自筆証書による遺言は無効であることを確認する。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告ら

主文と同旨

二、被告ら

1  本案前の申立

(一) 原告らの訴を却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  本案に対する答弁

(一) 原告らの請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、当事者の主張

一、原告ら

(請求の原因)

1 訴外野村栄作は昭和四三年七月一〇日○○市△△二丁目三番一〇号で死亡し、同人妻訴外野村ハナは同五一年七月八日右同所で死亡した。

2 右両名の相続人は被告昭一(長男)、訴外幸子(長女)、同栄子(二女)、原告弘(三男)、訴外友子(三女)、原告秀男(四男)、被告武男(五男)、同茂男(六男)及び同春子(四女)の九名である。

3 而して別紙の如き亡栄作及び亡ハナ連名にかかる昭和四三年五月一五日付自筆証書遺言が存在し、同四四年一月二〇日大阪家庭裁判所堺支部において右遺言書が検認された。

4 然しながら本件遺言は、以下の理由により無効である。

(一) 本件遣言書は、遺言者たる栄作及びハナがその全文、日付及び氏名を自署したものではなく、第三者が作成したものである。このことは遺言書の筆跡から明らかであるが、文章自体からも明白である。即ち遺言者は遺言中において自らのことを「父栄作」「母ハナ」と記しているが、かかることは通常あり得ないことである。また本文中の「榮作」と署名の「栄作」とが異つている。

(二) 本件遺言書は、同一の証書に栄作とハナの両名が署名押印しており、共同遺言禁止に違反している。

(三) 本件遺言書には相続の対象となるべき総財産について記載がなく、また遺言の対象物件についても特定を欠いている。

5 よつて原告らは本件遺言が無効であることの確認を求めるため本訴に及んだ。

二、被告ら

(本案前の申立の理由)

1 原告らが本件遺言につき無効確認の訴を提起するには、原告らの相続財産上の権利確認に役立つという訴の利益がなければならないが、原告らは右訴の利益について何らの主張もしていない。原告らは亡栄作の相続人である旨は主張しているが、仮に右主張が栄作の遺産に対して法定相続分による相続権を有するという主張であるならば、被告らは原告らが栄作の遺産について相続権を有することを否認する。原告らは栄作の生前に同人から相続分に相当する財産の贈与を受けており、遺産に対する原告らの相続分は零である。

2 原告らの遺言無効確認の訴の利益が、原告らの相続分確認の利益に基くものであるならば、本件訴は必要的共同訴訟として相続人全部が当事者とならなければならない。然るに本件の当事者は相続人の一部であり一部の相続人の間で相対的に遺言無効の確認を求め、遺言を有効とすることを前提とした他の相続人の相続分をも覆えそうとする本件訴は違法である。

(請求の原因に対する答弁)

1 請求原因1の事実は、ハナの死亡場所を除いて認める。ハナが死亡した場所は○○市△△三丁目七番地の大阪府立○○病院である。

2 同2の事実は認める。

3 同3の事実は認める。

但し遺言書はすべて栄作の自筆であり、ハナは全く関与していない。

4 同4の事実はすべて否認する。

本件遣言の主体は栄作一人である。即ち、

(イ) ハナは栄作が本件遺言書を作成することは全く知らなかつた。

(ロ) 栄作は本件遺言書をハナと被告武男に託したが、その際同人らはこれを栄作の遺言として受け取つた。

(ハ) 右事情及び遺言書の文面からみて、本件遺言は栄作の遺言であるが、ただその内容の点で日頃から栄作とハナは同一意見をもつていたこと、ハナの名や名下の印を添えて子らに対する遺言の威厳を示そうとしたことから栄作がハナの名を記し、押印したにすぎない。

従つて本件遺言は栄作の単独遺言として有効である。

第三、証拠<略>

理由

一請求原因1ないし3の事実は、訴外亡野村ハナの死亡場所を除いて当事者間に争いがない。

二そこでまず被告らの本案前の主張について判断する。

前示当事者間に争いのない事実によると、原告ら及び被告らはいずれも遺言者野村栄作、同野村ハナの相続人であり、もし右栄作らの遺言が有効であるとすれば、○○市△△二三九番地の土地、同地上建物並びに同所二八四番の家屋について被告らが所有権を取得する反面、原告らが共有持分権を取得し得なくなるので、原告らにおいて本件訴を提起する法律上の利益を有することは明らかであり、かかる事実は請求原因の中で当然主張されているものと解することができる。

また被告らは、原告らは特別受益者だから相続財産に対する相続分は零である旨主張するが、特別受益者であるか否かは相続財産の分割ないし相続財産に対する持分権の存否確認等相続財産に対する具体的権利関係の存否が争われた場合に当事者の主張をまつて問題とさるべきものであり、遺言無効確認訴訟の訴の利益の存否の判断に際して考慮さるべきものではないと解すべきである。もしそうでないとすれば、遺言の対象となつた個々の相続財産の存否、その価値及び受遺者その他それら財産に対する権利関係等の問題に立入らずに専らこれらのものを捨象して遺言の効力そのものを審理の対象とする遺言無効確認という訴を認める意義は失われるからである。

さらに被告らは遺言無効確認の訴は相続人全員が当事者となるべき必要的共同訴訟であると主張するが、確認訴訟として許容せらるべき遺言無効確認の訴は、その実質が相続財産に対する相手方の権利の全部又は一部の不存在の主張であること及び相続財産に対する共同所有関係は合有ではなく共有と解すべきであることに鑑みれば、遺言無効確認の訴を、当事者以外の者にまで判決の効力を及ぼすべき特種の訴と解さなければならない法的根拠に乏しいものといわなければならない。ただ遺言につき遺言執行者がある場合には遣言に関係ある財産については相続人は処分権能を失い、遺言執行者のみが遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有するので、遺言執行者を被告として遺言無効確認の訴を提起でき、かかる場合の判決の効力は受遺者に及ぶけれども、これは遺言執行者が前述の資格において自己の名を以つて受遺者のため被告となつた訴訟担当の場合に該当するものとして民訴法二〇一条二項により利益帰属主体たる受遺者に判決の効力が及ぼされることによるものにすぎないのである。

即ち遺言無効確認の訴は通常の確認訴訟であつて、固有又は類似の必要的共同訴訟と解すべきものではない。

以上のとおりで被告らの本案前の主張は理由がない。

三次ぎに本件遺言の効力について勘案する。

前示当事者間に争いのない事実によると、本件遺言者は一枚の紙面に遺言者として父野村栄作、母ハナなる記名があり、遺言が右両名によつてなされた形式をとつているばかりでなく、内容も栄作が先に死亡したときはハナが栄作の全財産を相続し、ハナが死亡したときは遺言書記載のとおり被告らに財産を贈与するという、栄作とハナの両者による意思表示が含まれているのであつて、形式、内容ともに共同遺言となつているのである。

然るところ被告らは、本件遺言書は栄作が単独で作成したものであるから栄作の単独遺言として有効であると主張するのであるが、仮に本件遺言者が栄作一人によつて作成されたものとしても、右遺言書のうちハナの遺言部分のみを無効とし、栄作の遺言部分を有効と解すべきものではない。けだしハナにおいてその死後栄作から相続した財産を被告らに贈与するとの遺言がなされないとした場合、果して栄作がそれでもハナに対し全財産を贈与する旨の遺言をなしたか否かは極めて疑わしく、むしろハナが被告らに遺産を贈与するとの遺言をなすが故に栄作もまたハナに財産を相続せしめるとの遺言したと解され得るのであつて、かかる場合のように一方の遺言が他方の遺言によつて左右される可能性のある場合には共同遺言禁止の法意に照らし、自筆共同遺言書の作成がそのいずれかの一人によつてなされた場合でも、民法九七五条の共同遺言に該当するものとして、その遺言全部が無効となるものと解すべきである。

以上説示のとおりで本件遺言は、その余の無効原因について判断を加えるまでもなく、共同遺言禁止に触れる無効のものというべきである。

四よつて原告らの請求を認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(安西種彦)

(別紙)

遺言書

遺産の分配を左記の通り申し置く

一、○○市△△二三九番地の貸家二戸(D1・D2)は其の敷地とも長男昭一と五男武男共有にすること

一、△△二三九の旧本宅の離れ(C)二階建に増改築して一戸となしその敷地とも四女春子に与える

一、△△二三九番地の土地の内旧本宅(B)離れ(C)貸家(D1・D2)の敷地分を差引いた残り約百坪(イ)地は六男茂男に与える

一、○○市△△二八四番地の十三の山林約百坪の土地は長男昭一と五男武男の共有にすること

一、△△二八四番の本宅の家屋(A)は五男武男に与える

一、ただし右五件の遺産(不動産)の相続は両親共に死去した後に行なうものとし父栄作死去せる時はまず母ハナが全財産を相続する

昭和四十三年五月十五日

父  野村栄作

母      ハナ

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